2014-01-01から1年間の記事一覧

300ml

私の願いは幼い頃からたった一つ、「誰かに理解されたい」それだけだった。理解を欲するあまり失語症のようになり誰とも上手く話ができなくなるほど、私はいつもいつも理解されたかった。 あの年の夏、私は東京を彷徨っていた。こんなにも、焦がれるように、…

Lust

こんな嵐の夜には、春子のことをお話しましょう。春子は私の学友の娘でした。 春子の母親は女手一つで春子を育て、春子が一五歳の時に急死しました。 一人娘の春子をたいそう愛し、可愛がっていたと聞いております。 表沙汰にはなりませんでした。しかし、ど…

トロイメライ

ペティちゃんに手を引かれるようにして、私は10年ぶりにふるさとへと向かう電車に揺られていました。 何度も心臓が口から飛び出しそうになる私を、ペティちゃんは笑いながらはげましてくれました。 私のふるさとはここから電車で5時間ほど西にある、さびれた…

手紙

こんにちは。お元気にされていますか。 今日はこの街にやってきて、はじめての日曜日です。 わたしは地下鉄に乗って、天神にやってきました。地下街でクッションカバーと絵の具を買ってから、(友達もいないし、ひとりで絵を書こうと思っています)街で一番…

ハッピーバースデイ

ずっと頑なに手を離せずにいたファントムに私が別れを告げたのは、あなたに出会う少し前のことでした。 彼は古くからの友人でした。私は彼のことを心から愛していました。 ファントムは私にいつも温かい幻想を見せてくれました。 彼が作り出す幻の中で、私は…

あの日、あの海で

夕暮れがはじまっていた。私たちは橋の途中で車を停め、喪服のジャケットを脱いでから車を降りた。骨壷を手のひらにのせて、深い深いエレベーターを君と二人で降りていく。そこは小さな島だった。海までの道を手を繋いで歩いた。下から橋を見上げると、緑の…

寝耳にキス

いつもの喧騒が嘘みたいに、放課後の教室はがらんとしていていた。白いカーテンが閉められていて室内は薄暗い。 私は、父と母と教室の真ん中で横並びになって無言で座っていた。校庭から野球部の掛け声に混ざって吹奏楽部のラッパの音が聞こえてくる。 コツ…

長い時間

「きみ、いま泣きそうな顔をしているよ」そう言われて拍子抜けした。そんなわけないじゃないの、どちらかというと笑いたい気持ち、そう思っていたのに、その瞬間、口元が震え出して涙が出てきた。さっきから頭の中が熱くて仕方なかった理由が分かった。 わた…

オートフィクション

はじめて彼女に会ったのは大学の入学式でのことだった。視線が彼女を追いかけていくのを止めることができなかった。斜めに歪んだ針金のような体、襟足を刈り込んだショートカットから伸びる首、化粧っけのない白い顔。女子の出席番号に並んでいるにもかかわ…

春菊のおでん

はたちの頃に仲良くしていた友人のお姉さんは今にも消えてしまいそうな美人だった。 折れそうに細い身体の上で白い鎖骨が透き通っていた。こぼれそうに大きな目をしていた。ロングヘアーがふわりふわりと小さな頭で揺れてお姉さんをより儚くて綺麗に見せてい…

2011

『時間の感覚がほとんど狂っている 何年も前のことを昨日のことのように感じる 脳みそが空気の色まで勝手に再生する 大きなことから小さなことまで覚えている 死ぬほど悲しいことがあった でも思い出すのはほとんど楽しいことばかりだからそれはそれで狂って…

b

自分の物語りを受け入れること、背景をもつこと。できごとを言葉にするのがいつだって億劫なのは、付随している感情があまりにも複雑にからまっているように感じられるから。的はずれな答えばかりを提示してくる自分をなだめすかして我慢強く向きあって、深…

a

何億年もかけてやっと巡り合えたはずのあの人の気持ちを踏みにじってしまったので、さっさとこの人生は終わりにしたいと3年前の私は思っていた。そうすればあの人の子供にでも運良く生まれ変われるかもしれないし、とか。小学校に上がる直前に母が再婚し、わ…